タロットミステリー 来訪者とカップのナイト

来訪者はカップのナイト|三枚引きの記録 #2

翌日の夕方。

店を閉めようとした時、ベルが鳴った。

澪は顔を上げる。

昨日の女――高梨だった。

だが様子が違う。

青白い。
眠っていない顔だ。

「……少しだけ、お時間ありますか」

澪は黙って席を示した。

高梨は座るなり、小さな紙袋をテーブルに置く。

「これ……見てください」

中には、男物の腕時計が入っていた。

古いシルバーの時計。
擦り傷の位置まで、妙に生々しい。

「彼のものです」

澪は視線を上げる。

「でも、葬儀の時に棺へ入れたんです」

店内の空気が静まる。

「昨日、帰ったら部屋に置いてありました」

「誰かが持ち出した可能性は?」

「ありません」

即答だった。

「彼の家族はいないし、鍵も替えています」

高梨の指が震えている。

「それに……」

彼女は言葉を切る。

「最近、“生活音”が増えたんです」

「生活音?」

「お風呂の音とか、冷蔵庫を開ける音とか……」

澪は何も言わない。

「でも姿は見えないんです。気配だけ」

沈黙。

時計の秒針だけが、小さく鳴る。

――カチ、カチ、カチ。

澪はその音に違和感を覚えた。

(動いてる?)

高梨は言った。
棺に入れた、と。

なら、止まっているはずだ。

澪は時計を手に取る。

その瞬間。

ぶつり、と頭の奥で何かが切れた。

雨の夜。
フロントガラス。
激しいブレーキ音。

そして。

助手席にいた“誰か”の横顔。

澪は反射的に時計を落とした。

ガン、と鈍い音が響く。

「……先生?」

高梨の声が遠い。

澪は息を整える。

今見えたものは何だ。

事故の記憶?
それとも――

視界の端で、何かが揺れた。

店の奥。

鏡の中に、一瞬だけ男が立っていた。

黒いコート。
濡れた髪。

だが次の瞬間には消えている。

澪は立ち上がり、鏡へ近づく。

そこには自分しか映っていなかった。

「……先生?」

高梨が不安そうに繰り返す。

澪は振り返る。

そして、ようやく気づく。

高梨の左手。

薬指に、指輪の跡があった。

まるで長年つけていたものを、
最近外したみたいに。

だがカルテには、
“交際相手”と書かれていた。

結婚ではなく。

恋人。

澪は静かに尋ねる。

「あなた、本当に“恋人”だったんですか?」

高梨の表情が止まった。

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